はじめに
未来のことを考えるのが、怖くなった。
仕事も、結婚も、人生設計も。
病気のせいで、
「どうなるか分からない未来」じゃなくて
「どう悪くなるかは想像できる未来」になった。
だからずっと、最悪を想定してきた。
期待しなければ傷つかない。
動かなければ失敗しない。
そんなふうに、自分を守る思考で生きてきた。
最悪を想定する癖が、止まらなくなっていた
もともと考えすぎる性格だ。
楽観よりも悲観、希望よりも現実。
それ自体は悪くないと思っていた。
実際、今まで生き延びてこれたのは
「最悪を想定して備える」思考のおかげでもある。
でもいつの間にか、
- どうせダメになるかもしれない
- 今動いても意味がないかもしれない
- 期待したら、また失うかもしれない
そんな考えが先に立って、
何かを選ぶ前に、もう諦めていた。
友人との何気ない会話
そんな状態のとき、友人と車で話していた。
深刻な相談というより、
ただ今の気持ちをぽつぽつ話していただけだった。
そこで言われた言葉が、これだった。
最悪は想定して、傷つかないようにしてて
ただ、最良になった時に動けるようにしとけば良くない?
正直、派手な言葉じゃない。
励ましでもないし、希望を押し付ける感じもない。
でも、この一言で、頭の中の何かがスッと整理された。
腑に落ちた理由
それまでの自分は、
- 最悪を想定する
= 希望を捨てる
= 動かない
という一本の線で考えていた。
でもこの言葉は違った。
- 最悪は想定していい
- 傷つかない準備もしていい
- それでも「最良になった時に動ける余白」は残しておく
最悪と最良を、同時に持っていいという考え方だった。
希望を信じろ、前向きになれ、とは言われていない。
ただ、「全部閉じなくていい」と言われただけ。
それが、自分にはちょうどよかった。
今の自分のスタンス
不安が消えたわけじゃない。
未来が見えたわけでもない。
今でも、最悪は想定している。
多分これからもやめない。
でも、
- もし少し良くなったら
- もし選べる状態になったら
- もし動けるタイミングが来たら
そのときに、
「動ける自分でいる準備」だけはしておこう
と思えるようになった。
止まり続けなくていい。
閉じ切らなくていい。
それだけで、だいぶ楽になった。
おわりに
この考え方が正しいかは分からない。
全員に合うとも思っていない。
でも、
最悪を想定して生きてきた人間にとっては、
この距離感は、かなり救いになる。
同じように、
- 考えすぎて動けなくなっている人
- 未来を描くのが怖くなった人
- 希望を持つこと自体が負担になっている人
そんな人には、
この言葉が、少しだけ役に立つかもしれない。

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