2026.02.04
この連載を書いた人間について
──専門家ではないからこそ、聞いてみたいことがある
はじめに
ここまで、
戦前の表記規則を起点にした仮想の言語社会について、
全10章にわたって思考実験を続けてきた。
最後に、
この連載の立ち位置について
どうしても明記しておきたいことがある。
自分は学者でも、言語学専攻でもない
まず最初に正直に書いておくと、
自分は
- 学者ではない
- 大学で言語学を専攻していたわけでもない
- 研究者として訓練を受けた人間でもない
この連載は、
学術論文でも、研究成果の発表でもない。
あくまで、
言葉の使われ方や
表記と社会の関係について
純粋に「気になったこと」を
思考実験として掘り下げたもの
である。
それでも、書いてみた理由
それでもこれを書いたのは、
- 誰かを論破したかったわけでも
- 学問的に正しいことを主張したかったわけでもない
ただ、
「もしこうだったら、
日本語や社会はどうなっていただろう?」
という疑問が、
自分の中でどうしても面白かったからだ。
そして、
考えれば考えるほど、
- これは一人で完結させる話ではない
- むしろ、他人の視点があって初めて立体化する
そう感じるようになった。
専門家の視点を、ちゃんと聞いてみたい
正直に言えば、
この連載には
- 専門家から見たら
明らかに甘い部分 - すでに議論され尽くしている論点
- 見落としている前提
も、きっと多く含まれていると思う。
だからこそ、
- 言語学
- 民俗学
- 社会学
- 表記史
- メディア論
などを研究している人の視点で、
「ここは面白い」
「ここは違う」
「この仮定は成立しない」
といった意見を、
できれば聞いてみたい。
また、
言語や文化を分かりやすく語っている人たちの視点も、
この思考実験にどう重なるのかが気になっている。
実際に、
質問箱などにこの連載の概要を投げてみようかとも考えている。
読んでくれた人の意見も、普通に聞きたい
そしてもう一つ。
これは専門家に限った話ではなく、
ここまで読んでくれた人の感想や違和感も、普通に聞きたい。
- 面白いと思ったところ
- よく分からなかったところ
- ここは納得できないと思ったところ
- 「自分ならこう考える」という視点
どれも歓迎したい。
この連載は、
結論を確定させるためのもの
ではなく
思考を共有するためのもの
だからだ。
コメントしてもらえたら嬉しい
なので、
もしこの連載を読んで、
- 何か引っかかった
- 反論したくなった
- ちょっと語りたくなった
そんな感覚があったら、
ぜひコメントで教えてほしい。
専門的でも、
素人目線でも、
短くても長くても構わない。
この連載は、
書いて終わりではなく、
読んだ人の思考で完成するものだと思っている。
おわりに
この連載は、
- 学問の代わり
でも - 結論の提示
でもない。
ただ、
言葉と社会の関係を
少しだけ立ち止まって考えてみた記録
である。
もしこの思考実験が、
誰かの中で
別の問いを生んだなら、
それだけで書いた意味はあったと思う。
ここまで読んでくれて、
本当にありがとう。

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