この社会でAIが「言語設計者」になったとき、何が起きるのか
──記述能力の外部化と、思考の帰属問題
はじめに
前章では、戦前の表記規則が戦後も継続していた場合、
日本語は
「誰もが話せ、ほとんどの人が読めるが、正確に書けるのは一部だけ」
という、記述能力が専門技能化した言語になっていた可能性を論じた。
本章では、そのような社会に
高度な文章生成AIが導入された場合、
言語・技能・社会構造はどのように変化するのか
を検討する。
これは技術的可能性の話ではなく、
「誰が言語を設計するのか」という権限の問題である。
1. 前提:この社会における「書く」とは何か
この仮想社会において、
「書く」という行為は単なる文章生成ではない。
それは、
- どのレイヤーで語るかを選び
- どこまで厳密にし
- どこを曖昧に残すかを決める
意味設計の行為である。
したがって、
文章を生成できることと、
「書ける」ことは一致しない。
この点が、
AI導入後の変化を考えるうえで決定的に重要になる。
2. AIは「書けない多数」を救うのか
直感的には、次のような期待が生まれる。
記述能力が専門技能なら、
AIが書けば問題は解決するのではないか。
しかし、この社会では
その答えは部分的にしか肯定できない。
AIは、
- 文法的に正しい文章
- 形式的に整った文章
- 大量の文章
を生成できる。
しかし、
- どのレイヤーで書くべきか
- どの表記が適切か
- どの曖昧さが許容されるか
という判断は、
依然として人間側に委ねられる。
結果としてAIは、
「書く主体」ではなく
「書く工程を代行する装置」
として機能する。
3. AIが最初に代替する層
興味深いことに、
AIが最初に代替するのは
最も高度な書き手ではない。
3.1 消失しやすい層
- 定型的な説明文の作成者
- 書式化された行政文書の作成者
- レイヤー選択が固定された文章の書き手
これらは、
- 判断基準が明文化でき
- 目的が限定されている
ため、AIとの親和性が高い。
3.2 残存・強化される層
一方で残るのは、
- 概念を定義する人間
- 曖昧さを設計する人間
- 表記の誤用を検出できる人間
つまり、
「どう書くか」ではなく
「どう書いてはいけないか」を決められる人間
である。
この層は、
AI導入によってむしろ価値が上昇する。
4. 書き手から「言語設計者」への転換
AI導入後、
記述能力を持つ人間の役割は変化する。
導入前
- 自分で書く
- 自分で推敲する
導入後
- AIに書かせる
- 出力を評価・修正する
- レイヤーの誤りを検出する
ここで起きているのは、
書き手から、
言語設計者・監督者への転換
である。
記述能力は「技能」から、
統制能力・設計能力へと性質を変える。
5. 思考は誰のものになるのか
ここで一つ、
より根本的な問題が生じる。
AIが文章を書いたとき、
その思考は誰のものなのか。
この社会では、
- 読む人は多い
- 書ける人は少ない
という構造がすでに存在する。
AIがそこに入ることで、
- 書けない人が
「書けたように見える」 - しかし
レイヤー判断はAI任せ
という状態が生まれる。
これは、
思考の外部化
と呼べる現象である。
6. 権限の再分配と集中
AIは誰でも使えるが、
- 適切に指示できる人間
- 危険な表記を検出できる人間
は限られる。
結果として、
言語を設計・監督できる人間に、
新たな権限が集中する
可能性がある。
これは格差ではなく、
役割分化の先鋭化と見ることもできるが、
同時に民主主義との緊張関係を生む。
7. 民主主義との関係
この社会では、
- 情報は読める
- 意見も理解できる
- しかし
言語を設計する能力は限られる
という構造が成立する。
AIは一見この差を埋めるが、
実際には、
設計できる人間と
利用する人間の差を
より可視化する
方向に働く。
つまりAIは、
- 言語の民主化装置
であると同時に - 言語的権限を再編成する装置
でもある。
8. 結論
記述能力が専門技能化した社会にAIが導入された場合、
- 書く工程は民主化される
- しかし
- 書くことを設計・統制する能力は、
さらに専門化する
結果として、
書く機械は増え、
書く人間は減り、
言語を設計できる人間の価値が上がる
という逆説的な状況が生まれる。
おわりに
この思考実験は、
AIの未来を予測するためのものではない。
それは、
- なぜ「書くこと」が難しいのか
- なぜAI時代に再び言語能力が問題になるのか
を考えるための視点である。
言語は道具であり、
同時に社会そのものでもある。
そしてAIは、
その両方に介入する。

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